2022年04月30日

ロングテール

ロングテール まさにネット社会ならではの言葉です。
商品が地味〜に長〜く売れる様が、まるで長〜い尻尾のようなことから付けられた名前です。
正にそれを実感しています。
それは、自分の本をアマゾンのKDPプログラムを通じて販売してみて実感しました。

KDPプログラムの詳細は、アマゾンでご覧いただいた方が、私の説明より分かり易いと思いますので、ここでは省きますが、簡単に言ってしまえば、アマゾンの巨大な仕組みの中に、一般の人が作品をアップして、電子出版を行うものです。(電子出版以外の形態も有り)
仕組みの説明と作品のアップの仕方、販売した金額の振り込むなどの諸情報を入力して、手続きを済ませたら、小説をはじめとする自分の作品を「公開」すると、それを購入した人からの入金のうち、何割かを手数料としてして差し引いた金額を、出品者の指定した金融口座に振り込んでくれるというものです。

私は、かねてから自費出版をしてみたいと思っていましたが、初期費用がかかるうえに、通常の自費出版代行業者に依頼すると、絶対に赤字になるだろうと思える見積もりしか出てきませんでしたので、出版を半ばあきらめていました。
しかし、このKDPプログラムを目にして、驚いたのは販売用に登録するところまでは一切費用が掛からないことでした。

それではと、2016年6月にこのブログに連載してきた「山田孝男伝説」を纏めて、加筆訂正して関係資料も加えて、電子出版しました。膨大なKDPプログラムの出版物の中で埋没することを覚悟していましたので、はじめて売れた時は本当にうれしさを感じました。
そして、本題はこの後です。通常の本屋の店頭には、最新刊は置かれていますが、少し前のものは店頭で見つけることはほぼできません。

ところが、電子出版でいったん登録さえしておけば、たまにでも売れることが有るのです。現に、6年も前に出版したこの本「二十世紀最後の瞑想指導家を語る 山田孝男伝説」は、今年の入ってもポツポツではありますが、試し読みが記録され、その後購入もされています。
これぞ、まさしくロングテールそのものです。
posted by ホワイトミスト at 01:21| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月29日

プラウディア

およそ、相当の車好きを自認している人でも、実際に街中を走行している姿を見た事がほぼ無い車が、三菱プラウディアでしょう。
初代は1230台程度、2代目は470台程度の販売数で終わったのですが、もともと三菱が自社のトップブランドに据えていたデボネアの後継車的位置づけでした。

デボネアと言えば、デビュー以来22年間もの間、ほぼ改良らしきものを受けないまま三菱グループのお抱え運転手付き重役用車両としてのみ販売され続けられました。その変わらない姿を称して、走るシーラカンスと揶揄されたものです。モデルチェンジ二回を経て1964年の登場から1999年の生産終了までの35年間でおよそ6万台を販売した車です。
ざっと計算すれば、月に140台程度は売れていたことになりますから、如何に三菱グループ内の需要数が大きかったかが分かります。
しかもこの手の車は、先にお抱え運転手と書きましたがこれを英語でショーファーと呼びますので、こういった車のことを、ひっくるめてショーファードリブンと呼びならわしています。(Drive  Drove Drivenのドリブンです)

そしてその後継車がプラウディアというわけです。車名は誇りあるダイアモンド=Proud Diamondを意味するものです。
今日見かけたのは、プラウディアの最終形と言っても、初代はわずか一年半で生産が打ち切られ、10年の空白の後に、日産・フーガをOEM採用して販売した車です。

自分にとって不思議だったのは、そんなに超レアな車であり、自動車雑誌でしか見たことの無い車なのに、なぜその車名がプラウディアだと閃いたかということなんですね。
以前にも同じようなことが起き、記事にしています。数年前のことですが、東京・町田市の上空に、1960年代に生産されていたイギリスのホーカーハンターが飛来しました。これは軍から払い下げられた機体で民間機登録されていたものですが、この時も実際に飛んでいる姿は一度も見た事が無いのに、名前が分かったのです。

沢山の情報を常日頃見ていたおかげで、頭の中のデータベースの反応がとても速くなっているのかもしれません。
posted by ホワイトミスト at 00:00| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月28日

遺伝

遺伝については、科学的にさまざまなアプローチがなされて、そんなことまで分かるの!と思える分野にまで解明されてきています。
そんなアカデミックではない話で恐縮ですが、自分のこんなところは父親に似ていて、こんな仕草は母親に似ていると思う瞬間てありませんか。

特に中年を過ぎたあたりから、ものの考え方・他人との接し方・話している時の身振り手振り・手の器用さ・応用が利くかなどのいろいろな定性的な部分で、両親に似ていると思えるとことがいくつも有ります。
それは、決して意識して行う行動ではなく、ふとした瞬間に「あれこの手の動きは親父にそっくりだなぁ。」と感じることがほとんどでしょう。

親に似ていることを自覚した瞬間、「嫌だな」と思いますか。それとも………。
自分の場合は、声帯の作りが父親の遺伝子100%だと思っています。一般的に言えばかすれ声です。嗄声(させい)というのだそうですが、人は声を発す際には声帯を使いますが、のどの両側の声帯の幕が必ずぴったりと合わさって空気を吐き出して声帯を震わせて声が出てくるわけですが、私の声帯は父のそれと全く同じで、声帯がぴったりと合わさらないので、声帯が乾いてしまい(干からびている状態)声がかすれるのだそうです。

小学校に入る少し前に、駅で切符を買う練習をした時に、緊張のせいで声が全くでなかった記憶が残っていますが、実はもうそのころから声帯に異常が有ったことになります。父親は50歳代後半から、町内会の集まりの席で「詩吟」を習ってきました。それから、家でも熱心に吟じていましたが、残念ながらとても美声の域には達せず、口先だけ声を出しているに見えました。
この時、なぜか自分も詩吟を真似てみようと思ったのですが、出てくる声は父親にそっくりだったのです。

そのころから、少し長めに黙っている時間が長いと、その後の声の出がとても悪くなってきていることに気が付きました。
父親より、むしろ悪声と感じるほどで、自己嫌悪に陥った時期が有ったほどです。やがて、耳が不調の時に医者にかかって、ついでに嗄声について調べてもらったところ、先の声帯の不具合が分かったのです。

もうだいぶいい年齢まで来ましたので、今更手術をして…と言う考えが浮かぶ時と、発声そのものが非常に苦しい時には、やはり手術を…と思ったりの日々を過ごしています。どなたか同じような経験をしている方はいらっしゃいませんか?お話をお聞きしたいと思います。
posted by ホワイトミスト at 01:22| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする