有ります。このパターンこそが、その小説を魅力あるものとしている原
動力なのです。サクセスストーリーはその典型で、読後の清涼感が堪
らないんですね。
ただ、あまりに手軽に成功してしまったら、それは中身の薄い小説に
感じられてしまう事でしょう。
他方、あまりにも苦労が続くと、いつ成功するのかまでの時間が長す
ぎて、読者が小説の中に没入できません。
このバランスを取るのは、ベテランであっても、毎作ごとに苦労している
のではないかと思います。
その観点からすると、抜群の引込み力を持っているのが、高齋正が魅
せる序章の展開の妙です。
傑作「ロータリーがインディーに吼える時」の主人公である神保光太郎
が、なぜマツダのワークチームに入ったのかの発端を読めば、高齋正
の筆力の凄さをまざまざと感じることができます。
涙もろい人なら、ほぼ確実にグッとくるシーンが、物語が始まったばか
りで提示されます。
それはもう、いちころでその世界に嵌ってしまいます。
お金の無いレーサーの、いじましさを覚えるほどのケチに徹したレース
参加を見かねた一流のレーサーが、出来る範囲での助力をしたところ、
思いもかけないほどの腕を持っていることを、レース結果で見せつけま
す。
この部分での関係者のやり取りが、ぐっとくるのですが、読んでいない
方もいらっしゃるので、詳しくは書けません。
しかし、物語が展開するにつれて、もっと大人数での技術論が飛び交い
始めます。
助言の中には、ロータリーエンジンの最後の問題を突き崩した、東洋工
業の社長まで登場してきます。
緻密な描写の後ろに有る膨大な知識、それは一般論だけでなく、東洋
工業そのものまで、みっちりと取材し核心に迫らなければ、こうは書けな
いだろうと思わせるものです。
贔屓の引き倒しに感じられるかもしれませんが、実際はそれでも表現と
しては甘いと思えるほどの詳しさです。
これ以上の説明は、無用です。
是非、高齋正「ロータリーがインディーに吼える時」を、お読みください。
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